とらの徒然

ネコ科のペンギン

夢日記 20200512

外では陽気な音楽と、太鼓の音が鳴り響いている。
思わず小躍りしたくなる。時折聞こえる歓声も、テンションの高鳴りに拍車をかける。
この甲高い声は、小学生のものだろう。


踊っている場合ではない!
咆哮する四足の魔物。剣戟。金属音。走る爪跡をバックステップで回避し、再び剣を構えて走り出す。


「埒が明かねぇな」
「言ってる場合かよ」


おれは孤独じゃない。
仲間なら一人だがいる。こうしておれが間合いを測っている間も、彼は刃を振るっている。


「よし、二人で同時に行くぞ」
合図と共に、両側から挟み込む形で狙いを定める。
この荒野では、隠れながら戦うヒット&アウェイはあまり使えない。
魔物の攻撃を避けるには自分の足を動かすしかなく、こちらの攻撃もまた、魔物に丸見えなのだ。
故に、真っ向勝負。望むところだーー。


外で鳴り響いていた陽気な音楽が鳴りやみ、誰かがマイクで何かを言っている。
そして再び鳴り出した音楽に、おれらは顔を見合わせた。
聞き覚えのある音楽。この音楽は。


「一時撤退」
「だな」


画面から顔を上げる。
さぁ、現実に戻らないと。
まずは、トイレの個室から出ることだ。





「急げ、間に合わねぇぞ」
「ばっかおまえ、この音楽の時点でもう手遅れだろうが!」
「どうやって紛れ込む」
「そんなの、どうもこうもないだろ。平然とだ」
「トイレに行ってましたってか?」
「事実そうじゃないか」


今度は現実の世界で、おれらは走っている。
自分らの学年が出演する種目くらいは、その場にいなければなるまい。
出番が来ないからとトイレの個室でゲームをしていたら、いつの間にか出番が来てしまっていたようだ。


「ぶっちゃけさ、おれらいなくてもバレないだろ」
「やー前後のやつとか絶対気付くじゃん、後で問い詰められたりしたら面倒だぞ」
「ったく無駄に出席番号順に並べやがって、ただ音楽に合わせて行進することに何の意味があるんだよ」
「見てる方は結構楽しいんじゃないの?人がアリみたいに連なって歩いてるのがさ」
「おまえってサラッと酷いこと言うよな」
「お、見えたぞ。おいおいもうだいぶ進んでるじゃんか」
「見つからないように遠くのトイレ行こうっつったのはおまえだろ」
「そう言うなよ。ほら、慌てて戻ってきました風な雰囲気出すぞ」
「しゃーねぇな、これ終わったらまたさっきのトイレ集合な」
「おっけ」


おれらは二手に分かれ、さりげなく行進に合流する。
列の外側から二人、慌てて駆け寄ってくる様は保護者方にはどう映ったろう。


そう!今日は運動会!


心躍るリズムに合わせて、身体を騙してキビキビとした動作で、一歩前へ進んだ。
まったく、心躍るぜ。


生者の行進だ。
今流れているリズミカルな音楽は、生者のためだけに存在している。
となると音楽は行進しないのか。
うん。どうでもいいや。


つまらない儀式を終え、おれは先程籠っていたトイレに戻ってきた。
すぐに戦友も到着し、同じ個室に入り、鍵をかける。
ポケットから「それ」を取り出し、POWER ON。
微かな起動音に、荒い呼吸が重なる。


さぁ、再戦だ。





* * *





「結構時間かかったな…」
「首痛くなっちったよ」
「あーおれもだわー」


ふと我に返り、時計を見る。
16:20。


ふむ。


16:20 !?


「おいやべぇ!もう全部種目終わってるよ!」
「ってことは皆教室戻ってるやん!」
「急いで戻らないとバレる!行くぞ!」
「応!」


愚かな人間は、こうして現実世界でも足を動かすのだ。
当たり前のことだが、学校にゲームの持ち込みは厳禁だ。
見つかったら即没収、そして長い長いお説教のプレゼントまであるだろう。


「なぁ…こんな校舎あったっけか……?」
おれたちは今、自分らの教室に向かって走っている。つまり、目指すは高校棟だ。


この学校には初等部と中等部、それから我ら高等部の三つの校舎がある。三つの校舎は並んで建っているわけではなく、校舎間にはかなりの距離が存在する。
高等部の校舎と初等部の校舎は、ざっと数百メートルは離れている。


今、校舎の壁沿いに走っているが、これは初等部の校舎だ。


「聞いてるか?こんな校舎あったかよ?」
「は?何言ってんだ。初等部の校舎だろ」
「いや…位置的にはそうだけど……なんというか、こんな不気味だったか?」
「言われてみれば……」


立ち止まり、壁を見上げる。
屋上まで蔦が張っている。
壁な色はくすんでいて、どこかみすぼらしい。
記憶によれば、それほど古い校舎ではなかったはずなのに。


窓から廊下を覗き見る。
電気はついておらず、薄暗い。
それに、普段小学生が使っているはずなのに、生活感が全くない。
あまりに無機質すぎた。


二人は顔を見合せ、側の出入口から初等部の校舎に入る。
床の冷たさが、何故か身に染みる。
自分らがここに存在していることが、ひどく場違いに思えてくる。実際、高校生が小学生の空間に入っているのだから場違いなのだが。
なんだか冒険みたいで楽しかった。


足音が聞こえたので、そちらを見やる。
一人の音じゃない。大勢だ。大勢が列になって歩いてくる。そんな音。


なるほど、小学生が二列になってこちらに向かって歩いてきている。
先頭には女の先生が一人いる。ごくごく普通の光景だ。


なのに、誰一人言葉を発する者がいないだけで、こんなにも恐ろしい光景になるのか。
笑顔などは一つとしてなく、沈黙と無表情の満員電車だ。


先生と目が合った。
瞳の奥へと引き込まれそうな暗い色に、ぞわりと鳥肌が立つ。


先生が笑う。声は立てず、そう、微笑んだ。


それはあまりにこの場に相応しくないほど綺麗でーー。
恐怖も忘れ戦友とアイコンタクトを取ろうとしたとき戦友の顔は床にあっておまえ首から下はどうしたんだよと問うとしたら自分の目線もまた低すぎる位置にあることに気がつくあのときの戦友の目は忘れないきっとおれも同じ目をしていたんだあっははおかしいな忘れないなんて言ってももう次がないことなんてわかってるのに今頬に跳ねた液体はなんだあったかいやつかあの小学生はさっきおれらがトイレいたときは運動会で歓声上げてたよな何がどうなってんだおれは何されたんだなんであの先生は笑ったんだあんなに綺麗な笑顔は初めて見たなあああなんか既視感と思ったらさっき魔物の首を剣で切り落としたときもこんな感じだったんだなんでこんなこと思い出すんだもっと思い出すことがあるだろ音楽に合わせて行進とかいやそんなわけないやもっとなんかこうがんばってきたこととかあれおれこれまでなにしてきたんだっけもうどうでもいいかどうせおわるんだしいみなんてなかったんだあったかいなあなんかなみだでてんじゃんうけるてかいつのまにかなにもみえなくなってるなあいつはいまもあのおどろいたかおしてんのかなじゃあおれもまだそのかおでかたまってるのかいやなにもみえないってことはめはとじてるのかそもそもあいつはどんなかおしてたっけってここまでほんのいちびょうかそこらだよなおれののうみそすげえなこんなはやくかんがえられるならいつもうごいてくれればよかったのになんなんだよもうぜんぶどうでもいいk





足音が遠ざかっていく。
そうだ。死に際、最後に残るのは聴覚だって誰かが言っていたっけ。


遠ざかっていく行進に、消えゆく鼓動のリズムを重ねる。
立場が逆転したな、なんてつまらなすぎるか。


「リズミカルな音楽は、生者のためだけに存在している。となると音楽は行進しないのか。」


最期に思い出したのは偶然にも、そんな言葉だった。