とらの徒然

ネコ科のペンギン

あらまほしき新入社員(1)

人が2人いれば、それはもう社会なのだとよく言われる。
とすると、他人と関わりを持つ人間はもれなく社会の人、「社会人」と呼べるのではなかろうか。

母より誕生し、助産師に産声を聞かれし瞬間に、私は他者との関わりの第一歩を踏み出したわけで、つまり、私は生まれながらにして「社会人」なのである。


今回、珍しく「私」という一人称を使っているのは、私が「社会人」であったことを思い出したからに他ならない。


私は来年の4月から、とある金融機関で働き始める。
その過程については『就活と安寧』シリーズでつらつらと綴っているのでご参照願いたい。
今回から始まる『あらまほしき新入社員』シリーズは、いわばその続編だ。


私の働く会社には、全国にいくつか支店が存在する。そこで、勤務地の希望を募られた。勤務ブロック単位で希望を出せて、例えば北海道だとか、東北だとかを、言うことができる。東北の中のどこ、とは指定できない。


「中国地方を希望します」と私は言った。
その時、鳥取や島根という、常にじめじめした雰囲気が漂い、人っ子一人いない印象のある暗い県が頭に浮かび、「広島や岡山あたりがいいです」と付け加えた。勿論、そのような指定ができないことは承知の上だ。


因みに今、悪口のようなものが聞こえたかもしれないが、気のせいだ。
私の口から出る悪口のようなものは、大抵いい意味だから、そこのとこは覚えておいて欲しい。


とにかく、山陰には行きたくなかった。旅行で一度訪れたことはあって、それについて後悔はないのだけれど、もう一度という気分にはならない。いい意味で。
なのに、案の定人事担当は「中国地方ですと…松江なども入ってきますが…それでもよろしいですか?」と淡々と尋ねてきた。
私は渋面でゆっくりと頷く。今、私が最も恐れるのは山陰勤務ではない。内定取消だ。


取消イベントが発生せぬ限り、7ヶ月後には新たな生活が始まっている。そう思うとなんだか不思議な気持ちだ。
心機一転頑張ろうという意気込みもあれば、どれだけ広い世界があるのだろうという期待もあり、同時に責任や苦悩を背負わねばならない絶望もある。楽しいことばかりではないはずだ。寧ろ、辛いことの方が多い。でもやはり、若干楽しみな部分もある。


そういえば先日、同期となるメンバーと、オンラインで顔合わせをしたんだった。
彼らと仲良くやっていけるだろうか。


同じ選考を通過しているのだから、それなりに似たタイプが集まっているようには感じられた。
人付き合いがさほど得意ではない私にとって、これほど有難いことはない。


けれど人は、歳を重ねるにつれて、自分を曝け出すのが下手になる。
以前、近所の猫が言っていた。
「大人が一番怖がることって知ってる?「助けて」って言うことだよ」


助けて。と言えるような、また言ってもらえるような関係でありたい。
まあでもきっと、なるようになるさ。


何故かって?
おれは字義「社会人」として22年も生きてるんだぜ。いつまでもルーキーのままではいられないだろ!
それに、私は末っ子だ。甘えるのには慣れている。助けを求めることなど造作もない。
ついでにもう一つ言えば、私は長男でもある。甘えられるのにも慣れている。かもしれない。


なんだ、無敵じゃないか。
いや、無敵じゃない。敵はいた。
忘れてはいけない、本当に日本なのか疑わしい、あの山陰地方だ。勿論、いい意味で、ではあるけれど。