とらの徒然

ネコ科のペンギン

あらまほしき新入社員(2)

5月。
鹿児島に越してきて、2ヶ月が過ぎた。


そう。私は今、鹿児島にいる。
前回の記事『あらまほしき新入社員(1)』では、「中国地方で配属希望を出した。でも山陰にだけは行きたくない。頼むぜ神様」などと書いていたと思うが、あろうことに、九州。しかも、鹿児島。


だって仕方ないじゃないか。


「九州でもいい?」と人事の方に言われては、頷く他にない。その後「九州、人気なくてさ。希望者がいないんだよね」と続いたときは、得意の作り笑いも引き攣りそうだったけれど、「実は私も、九州の方がよかったかなと考えていたところです」くらいの気持ちでいることが大切だ。


これは結婚生活でも同じことが言える。
「何が食べたい?」「コロッケ」「コロッケは面倒くさいからそうめんでいいよね」「もちろん、僕もそうめんがいいかなと思っていたところだ」と、妻には逆らわない方が身のためと相場が決まっている。


自分より力のあるものに楯突いてもいいことはない。
そういうわけで、私は流されるままに鹿児島配属になった。因みに一応断っておくが、先程の話は例え話で、私は未婚である。なんなら彼女すらいない。


そんな淋しい独り身、にも関わらず、会社から与えられた寮は家族寮だった。3LDKの家に一人で住んでいる。


これは早急に妻を探さなければならない、と近くのコンビニを覗いてみたものの、陳列されている気配はなかった。「便利」を掲げる店とはいえ、まだその段階には至っていないようだ。


となると、辿り着く先は自ずと決まってくる。
信販売だ。
近頃の通信販売はすごい。文具や本、洋服にとどまらず、大きな家具や食事、エチエチなおねいさんまで、あらゆるものがボタン一つで注文できる。


案の定、すぐに広すぎる暮らしを共に歩むパートナーを手に入れることができた。ありがたいことに、彼女は毎朝私を起こしてくれている。が、彼女は少し乱暴だ。なんと、ドカドカと蹴って起こしてくる。蹴りで目覚める朝は快適とは言い難い。けれど、正解のセリフは決まっている。「ちょうど蹴ってほしいなと思っていたところなんだ」私は笑顔を見せて、仕事へ向かう。


以前にも記した通り、仕事は金融関係だ。
毎日のようにお金を触っている。私が一生かけても、いや、百回生まれ変わっても手に入らないであろう額のお金を見ていると、金がなんだ、と開き直る気分になってくる。
なんてことは、まるでない。
クレジットカードの引落とし額を見て、二度見して、天を仰ぐ。
近頃の通信販売は、便利すぎる。


家に帰ると、彼女は眠りについている。
無理もない。
毎朝私を起こしてくれるということは、私よりも早く起きているということだ。それに、私が眠る間に、彼女が部屋の掃除をしてくれていることを知っている。「あたしだって頑張ってるのに!」とヒステリーを起こすこともない。努力を認めてほしいとか、褒めてほしいとか、薄汚れた承認欲求を、彼女は持ち合わせていない。


彼女の滑らかな曲線をそっとなぞる。
くすぐったい、とでも言いたげに、身体を震わせる。
明日、彼女はまた、こっそりと掃除をしてくれるのだろう。私を起こしてくれるのも、彼女が少し不器用で、掃除の途中で私にぶつかってしまうだけだ。私を起こす機能はついていない。彼女は、掃除しかできない。


翌朝。
掃除ロボットがぶつかってくる衝撃で、目覚める。
センサーがおかしいらしい。


「ちょうど蹴ってほしいと思っていたところだ」
私は笑顔を見せて、仕事へ向かう。