花摘
「カァ」
一つ、鳴き真似をしようとしたけれど、どうにも声が出なかった。
そんな声を上げたところで何かが変わるわけではない。
そもそも上げる声としてアレが妥当なものなのかもわからない。
僕が上げようとしたのはあくまで鳴き”真似”だ。
僕の声じゃない。
そんなことは百も承知。
ーーそれでも、僕は声を上げたかった。
僕は自分の声を聴きたかった。安心したかった。僕は僕を確かめたかった。誰かに届けたかった。多分、それだけだったのに。
今日は陽射しが眩しいな。
霞む視界で、そんなことを思った。
僕は目がよく見えない。
大体の形はわかるものの、細かなところはわからなかった。
陽だまりの中、何かが動いていた。
丸っこい鳥が首をふりふり歩いていた。
僕は知っている。アレが「ハト」という鳥だということを。
僕は草陰に身を潜めた。声を上げてはいけない。
ハトという鳥は一羽で行動しない。
数日この河原で観察するうちにわかったことだ。
対する僕には鳴きかわす相手も、助けてくれる仲間もいない。
声を上げない僕は、誰にも気づいてもらえない。
翼を持たない僕は、空に舞い上がることはできない。
僕は蝶だ。
鳴き方を忘れた蝶だ。
ハトが急にこちらを振り返った。
僕は蝶だ。
人間に翼を毟り取られた蝶だ。
僕はもう、飛べない。
ハトが首をふりふり近づいてきた。
僕は蝶だった。
冷徹な人間に蝶としての生き方を奪われた、弱者だ。
ハトの赤い目が僕を見ていた。
僕は何だろう。
鳴き方も知らない。飛び方も知らない。歩き方も知らない。目もよく見えない。耳も聞こえない。
迫るハトの嘴から逃げるように目をそらした。
花が揺れていた。
僕はもう、そこには行けない。
ふと、僕の視界にクモの巣が揺れた。
それは強い風で今にも剥がれて飛んでいきそうで。
僕は思わず身震いした。
そのクモの巣が、逃れられない大きな網となって、僕を閉じ込めるかに思えた。
ーーそうだ。
僕は弱者だった。